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日本けん玉協会静岡県支部 大川さん父子(にほんけんだまきょうかいしずおかけんしぶ・おおかわさんおやこ)

二人三脚で父子が広めたけん玉教室
30年の普及活動で今では静岡全域で定着


にほんけんだまきょうかいしずおかけんしぶ・おおかわさんおやこ

日本けん玉協会静岡県支部 大川さん父子


代表 大川 隆久(右)
けん玉講師 大川 英一郎(左)


取材日:2013/06/12

父が始めたけん玉教室をプロとなった息子が継ぐ

 沼津を拠点に30年にわたり、けん玉を静岡に広めて定着させた父子がいる。父親の大川隆久さんが当時営んでいた玩具店でけん玉を多数扱っていたことがきっかけで、彼は地元でのけん玉大会開催を決心した。そこで隆久さんは、まず東部各地を訪ね、児童館などで教室を開いていった。
 その後、息子の英一郎さんは6歳からけん玉を始めた。隆久さんは「英一郎は運動神経が特別良いわけではなかったがけん玉は上達が早かった」という。英一郎さんが小学4年生の時、隆久さんのけん玉の腕を越えてしまった。
 英一郎さんが中学2年生の時、全国大会の東海地区予選への初参戦を機に、全国大会参加の常連となった。20歳で公認1級指導員の資格を史上最年少で取得し、28歳で全国大会初優勝を果たした後も、数々の優勝を経験している。
 その頃、既に多くの教え子たちも県内各地に点在していたことから、隆久さんは日本けん玉協会県支部を設立し、沼津を拠点に父子で東海地区の中心勢力を作りあげていった。
 けん玉が盛んではなかった静岡に、その息吹を吹き込んだ隆久さんと、今では日本に1人しかいない「プロのけん玉講師」の英一郎さんは、父子二人三脚で歩んできた。けん玉を通してこれほどお互いを理解しあえている父子関係は見ていて素晴らしい。
 隆久さんから英一郎さんに世代交代した今では、教室は東部地区から県全域に広がっている。教室を県内8か所で毎月2回ずつ開催しているほか、学童保育の指導なども行っている。英一郎さんは、それまで定着していなかったシニア層向けのカルチャースクール講座も静岡に根付かせた。けん玉ショーでのパフォーマンスや講演なども含め、多様な活動をしている。
 大川さん父子の地道な普及活動が実を結び、静岡のけん玉人口はこの30年ではるかに増えた。子どもの頃に静岡の児童館でけん玉を習っていたという人の多くは、彼らの教え子だろう。最初の教え子たちは既に40歳前後になる。中には資格をとってけん玉を指導していたり、彼らの子どもたちが大川さん父子の教室に来たりしている。子が親になり思い出のけん玉を再び子に与える。2人はこの循環を作ってきた。今年4歳になる英一郎さんの長男、大和くんも今や父親に匹敵するけん玉の才能を見せ始めている。


以下、インタビュー

1. 子どもへの教育

何処ででも自分と向き合える“けん玉”の魅力
子どもたちに集中力と忍耐力がつく効果を実感

 けん玉には遊びとしての楽しさと、競技用に技を鍛錬し自分と向き合うことで集中力や忍耐力が得られる要素があります。教え子の中で頑張ってけん玉五段まで進んだ子は、勉強も学年上位の場合が多いです。遊びを通じて努力したことが結果にも伴ってくるのだと思います。今では地元の小学校でもけん玉を教育に取り入れています。
 けん玉は物理の法則の塊のようなものです。この技を成功させるには、どんな動きをしたら良いのかと1つずつ考えさせる過程がとても大事なのです。出来ないことは無理をさせず、その子のレベルにあった目標を設定し、その先の成功を見据えて段階ごとに的確に教えます。それが、同じ経験をしてきた私たちにはわかるのです。
 教え子たちに「毎日5分でも手にしてごらん」とよく言います。毎日少しでもけん玉に触れているのと、そうでないのとは上達の早さも違いますよ。そして上達すると楽しくなってきて、続けてくれるようになります。けん玉は教育ツールとしても最適だと思います。

2. けん玉教室

けん玉人口を増やし地域活性につなげる

 現在、静岡各地で開いている教室とカルチャースクールでは、生徒は5歳からシニアまで合計100人を越えています。皆がけん玉を楽しく上達できるよう、各個人のレベルに合わせたカリキュラムにしています。そして長時間続ける競技か対戦形式の競技に向くのかなど個性も皆違いますから、見極めて教えています。生徒もそれに応えてくれて、今まで1回を除いて毎年、代表選手を送り出しています。
 私たちは長年、けん玉を軸として活動してきました。少子化といわれるなか生徒数も増えており、けん玉を通じて、この東部を始めとして県全体が活性化されてきたと実感しています。

3. 他の活動と今後について

多彩な才能を活かし伝えていく一連の活動
父と共に培った教育メソッドを残したい

 僕(英一郎さん以下同)は、小学校の先生になることが子どもの時の夢でした。それを考えると、僕のしてきたことはすべて「伝える」という意味で一貫しています。一方で、僕は大学時代から音楽を始め、現在は自宅にスタジオを設けてミュージシャンとして活動し、後進への音楽指導もしています。メッセージをメロディにのせて伝える音楽、そのノウハウを伝える仕事。そしてけん玉の楽しさを伝えるために開いているショーでも、自作の音楽も使ってパフォーマンスをしています。けん玉教室でも音楽教室でも、個性や年齢によって教え方はまったく違います。そして表現力を高めるために勉強してきた芝居も、けん玉と音楽を伝える活動にとても役立っています。
 今までの経験で、伝え方がいかに大事か身を持って感じています。将来、けん玉好きの息子が教室を継ぐかどうかはわかりませんが、押し付けはしません。その代わり僕なりの理論をもとに、子ども向けと指導者向けに、けん玉の育成メソッドを作りたいです。そうすることで僕たち父子の足跡を、生きたものとして残していけます。父と共に経験してきた教育方針がかたちにできたらとても嬉しいです。


有限会社パピーランド(日本けん玉協会静岡県支部)

沼津市江原町16-2 TEL 055-922-2475


日本けん玉協会静岡県支部 大川さん父子(にほんけんだまきょうかいしずおかけんしぶ・おおかわさんおやこ)

- 略 歴 -

1973隆久 /玩具店パピーランドを開業
1979県内各地でクラブを作り活動
1983英一郎/6歳でけん玉を始める
1990隆久 /当時中2の英一郎を連れて第2回東海大会に初参戦
以後、親子二人三脚で東海地方の中心戦力を作り上げる
2005英一郎/全日本けん玉新人王決定戦で準優勝
日本初の「プロけん玉講師」として活動開始
2006英一郎/日本けん玉協会杯争奪戦で日本一に輝く
史上2人目の満点優勝
カルチャースクールの講座が根付いてシニア層に愛好者が定着するようになる。
2007静岡市で「全日本クラス別けん玉道選手権大会」を開催
2009英一郎/全日本クラス別選手権で2度目の日本一になる
指導者の日本一は他に類を見ない
隆久 /パピーランドの店舗営業を終了し、世代交代が完了
2013第20回新春けん玉大会・静岡選手権
第25回全日本少年少女けん玉道選手権・東海大会
   


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