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西浦の田楽 保存会(にしうれのでんがくほぞんかい)

奈良時代から世襲制で続く神事
水窪町の小さな観音堂で行われる貴重な田楽


にしうれのでんがくほぞんかい

西浦の田楽 保存会


会長 守屋治次


取材日:2013/07/07

過疎化による後継者問題を解決すべく活動

 静岡県と長野県の県境に近い、浜松市天竜区水窪町の西浦(にしうれ)地区にある観音堂を舞台に、1300年近く続く田楽がある。この西浦の田楽は、養老3年(719年)に、僧の行基(ぎょうき)がこの土地を訪れて観音像を奉納したことが始まりとされている、五穀豊穣や無病息災を祈る祭りである。
 この田楽は、祭主となる別当、舞を踊る能頭、能衆という、それぞれの所役(しょやく)を受け持つ家の長男への口伝による世襲制で継承されてきた。ただ現在、後継者問題で深刻な存亡の機に立たされている。長い間24戸で続いてきたが、現在は15戸まで減り、家の二男や三男などが参加して補っている状況だ。
 1955年に能頭、能衆全員で結成された西浦の田楽保存会は、存続を急務として、この田楽を必死で守り支えている。会長の守屋治次さんは、同じ水窪町にある足神神社41代目宮司であり、能頭である。
 田楽本番は毎年旧暦1月18日の月の出から翌朝までだが、それまでの精進生活や前準備などに非常に厳しい戒律があるのが特徴である。別当は、祭りの1ヶ月以上前からから家族と火を別にした精進料理を食べ続け、能衆たちは1週間前から同様の生活を始める。そして当日使用する別当用と能衆用の酒、鬼ぐすと呼ぶ御神酒、稗団子、オオバンと呼ぶ味噌田楽などが、継承された作法のもと作られていく。祭りは「天狗祭り」という、別当家の天井裏で行われる別当だけで行われる秘事から始まる。他にも数々の儀式が行われ、夜から地能(神へ捧げる舞)、はね能(芸能的な舞)という2部構成の舞が朝まで続く。そして「しずめ」という最も厳粛な儀式で終了する。
 田楽は男性だけで行われるが、これを影で支えてきた女性たちの努力は絶大である。この土地で田楽を継承する男子を産み育て、精進料理を母から嫁へと伝承し、男衆を支えてきた。
 現在、守屋さんのご子息2人も田楽に参加しており、守屋さんの並々ならぬ思いが通じたのか、2人の孫も男子である。祭りの要となる別当家では、2011年に新別当が後を継いだ。だが、この別当家も含め他の能衆家でも、この先の継承問題が残っている。
 民俗学者の折口信夫から愛され、国の重要無形民俗文化財1号にもなった、この貴重な田楽を守る活動は、深刻さを増す山間部の過疎化や少子高齢化問題の解決に光をあてることにもつながる。


以下、インタビュー

存続した理由

母の愛が基盤となり厳格な戒律を守り続ける
饑饉も戦時中も耐えて続いた自給自足の田楽

 私の考えでは、この田楽がこれだけ長く続いてきた理由は、どんな時も自給自足で出来る祭りであることです。次に、女性の寛大な心と絶大な力です。この田楽は、よく男だけの祭りと言われますが、とんでもない。その男たちを支えてきたのは女性です。日頃から母親が子の手をひいて観音堂にお参りに行くなど、母親の心が常に観音様のこの祭りに向いているのを見て子どもが育つことが、存続の大事な要素なのです。
 私が舞に初めて参加した22歳の頃、84歳の能衆のお爺さんから彼の子ども時代の田楽の感想を聞きました。昔の方言で「先輩の能衆は皆かたくなで、どうしようもなく恐ろしかった」と言うのです。年を計算すると江戸時代の話です。そのように厳格な戒律による結束力も、大きな力になっていると思っています。
 今まで、大饑饉や太平洋戦争の時なども、私たちの先祖は涙ぐましい努力をして田楽を続けてきたでしょう。その価値の凄さ。小さな村の小さなお堂の小さな祭りですが、私たちにとっては大きな祭りなのです。

田楽の当日

古の田楽舞のかたちを守り、未来につなげる

 この田楽は、舞台芸能というよりは神事です。観客をまったく意識しない祭りです。厳冬の夜から朝まで松明を燃やして続く「眠い、煙い、寒い」祭りです。この祭りは神々を迎えて、鎮めて終わります。これは森羅万象に神が宿るとする山岳信仰と仏教が融合した、修験道の世界です。それに芸能的な面を持つ能が肉付けされてきたのが西浦の田楽です。
 そんな祭りですから、観に来ていただいた時は、カメラなど持たず少し離れたところから月を見て煙の匂いを嗅ぎ、太鼓や笛の音を聴き、その雰囲気をゆっくり味わう見方をおすすめしたいです。

保存活動と継承問題

保存活動の一貫で田楽の存在を世にアピール
数件の家が持つ後継者問題解決が最大の急務

 私は45年舞ってきました。今いる能衆の中では中堅より少し上です。次の世代を支えて伝えていくという今の立場にいることがとても楽しいです。本来は神事であって人に見せる田楽ではありませんが、保存会の役割として広くアピールするために、国民文化祭の全国田楽祭に若い衆を連れて参加したり、京都大学大学院のシンポジウムで講演したりしました。今後も、そういう活動は続けていきたいです。
 私たちは各家が石垣の石の1つなのです。石が皆しっかりしていれば、石垣(祭り)は成立します。そして各家が各々の責任を果たしていれば、田楽は存続するのです。各家で代々受け継がれている精進料理や儀式は、内容もそれぞれ違います。皆、他の家の細部のしきたりや儀式は知りません。それでも田楽が近づいたら、誰に声をかけることもなく自然に集まるのです。
 でも今、その石のいくつかが欠けようとしています。後継者問題が深刻です。藁をもつかむ思いでいます。数件の家がタスキを渡す相手がいない状況です。田舎暮らしに興味のある女性にぜひお嫁に来ていただきたいのです。


西浦観音堂

静岡県浜松市天竜区水窪町西浦 西浦観音堂 TEL 053-982-0013(水窪町教育委員会)


西浦の田楽 保存会(にしうれのでんがくほぞんかい)

- 略 歴 -

719行基菩薩が観音像を奉祀、祭り始まる
1930折口信夫博士により東京初上演
1955西浦田楽保存会発足
1976国の重要無形民俗文化財 第一号の指定を受ける
1978吉川英治文化賞受賞
2011国民文化祭 京都2011 全国田楽祭出演
2013京都大学大学院シンポジウム6月講演、11月上演


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