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するがのくにの芸術祭 富士の山ビエンナーレ 実行委員会

共通項は「旧東海道、富士山のそば」。
複数の行政区にまたがるアートフェスティバル


するがのくにのげいじゅつさい・ふじのやまびえんなーれ・じっこういいんかい

するがのくにの芸術祭
富士の山ビエンナーレ 実行委員会


実行委員長 谷津倉龍三(やつくら・りゅうぞう)


取材日:2016年03月10日

歴史ある町とアートの融合に心を揺さぶられる

 2014年11月7日〜30日、富士山を一望できる静岡県富士市、静岡市、富士宮市の3市で、市民が現代アートを学び、開催された展覧会、それが第1回「するがのくにの芸術祭 富士の山ビエンナーレ」だ。このアートプロジェクトは実行委員長の谷津倉龍三さんを中心に、市民の有志が集まり、立ち上がった。
 2003年から新潟の「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」を欠かさず訪れ、その地を活かした現代アートの展示や、作品に精通している地元の人に驚き、感銘を受けた谷津倉さん。十日町市と津南町にまたがる越後妻有地域がトリエンナーレを行うように、地元である富士山の周囲の町が現代アートと関わったらどうなるだろうかと、構想のきっかけが生まれたという。
 やがて機が熟し、2013年に本格的にプロジェクトが始動。8月に準備会が発足し、12月13日に実行委員会を設立。まったくの手探りで進めたが、蒲原の旧五十嵐邸が参加を快諾したことを皮切りに、賛同者が増え、開催に向けてスピード感が増していった。
 群馬県「中之条ビエンナーレ」の総合ディレクター山重徹夫氏に総合ディレクションを依頼し、参加アーティストが続々と決まるのと並行して、谷津倉さんはそれぞれの地域120ヶ所以上に足を運び、由比・蒲原・富士川・鷹岡・富士本町・芝川地区でのアートエキシビジョン、市民プロジェクトやイベントの計画を地道に進めた。
 結果、「富士の山ビエンナーレ」は来場者目標の30,000人に対し、実際はそれを大幅に上回る述べ51,496名もの人が訪れた。北海道や東京、大阪からも来訪があり、SNSなどインターネットを駆使した広報活動が全国からの誘客に功を奏し、大成功のうちに幕を閉じた。
 歴史のある旧東海道にありながら、高齢化が進み、若い人を見かけることが少なくなった町に新たな息吹をもたらした「富士の山ビエンナーレ」。富士山の周囲の町で開催エリアを増やすのはどうか、更に新たなことができるのではないかと、夢は尽きない。次回2016年の開催に向け、谷津倉さんと地元は熱く動き始めている。

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以下、インタビュー
富士の山ビエンナーレ

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1.開催までの成り立ち

実行委員会発足後、1年足らずで開催へ

 「富士の山ビエンナーレ」との関わりは、2003年、新潟の「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」を訪れ、空き地や廃屋など、その地を大胆に活かした現代アートの展示に衝撃を受けたことから始まりました。次回2006年には、古いお宅で作品を見ていると近所の人が「どこからいらっしゃいました? 」と声をかけてくれ、作家や作品を詳しく説明し始めたのです。地元の人が作家と交流し、知識を持ち、自発的に動いていることに驚き感銘を受けました。トリエンナーレが行われている越後妻有地域は十日町市と津南町から成るエリアなので、地元の富士山をのぞむ旧東海道沿道の町が、市境を超えて現代アートで結ばれたらどうだろうか、と思い始めました。
 2013年に実行委員会を立ち上げましたが、「本気か? 」と周囲に心配されるほど、時間もなくノウハウもありませんでした。が、やる気だけはあったので「中之条ビエンナーレ」を行っている群馬県の中之条町を訪問し、立ち上げから現状までを伺って、仕掛人の山重徹夫さんに総合ディレクターをお願いしました。その後山重さんを静岡にお呼びし、実際に開催予定の町を案内してご検討いただきました。熱意が伝わり、「一緒にやりましょう」とお電話をくださったのは、開催前年の2013年12月31日のことでした。

富士の山ビエンナーレ

富士の山ビエンナーレフジノヤマカフェ漁火マルシェ

2.地域プロジェクトも積極的に

旧東海道の町を活かし、
住民と来場者双方に感動を

 総合ディレクターの山重さんを中心に、招聘作家と地元作家の作品を選定、展示は歴史の面影が残る地域を選びました。旧家、旧商店、空き地、公共施設などに芸術性の高い現代アート作品を点在させ、地域の魅力とアートが融合した時に起こる「感動」を地域住民と来場者の双方に伝えたかったのです。
 舞台である「町」も見てほしかったので、地域プロジェクトには力を入れました。例えば富士は製紙、芝川は里山、蒲原は宿場、由比は海がテーマ。オープニングイベントの由比の漁火マルシェは地域プロジェクトの目玉で2,500名の来場者を見込んでいましたが、実際には倍以上の5,500名が来場し、食品ブースは軒並み完売となりました。お客さんの満足度も非常に高いものでした。
 個人宅の施主さんとの交渉、開催に向けたボランティアの募集やビエンナーレそのものの広報・宣伝活動、来場者の駐車場の問題など、準備することは山積みでした。細かなことでは、アート作家の宿泊場所確保のために空き家を貸してもらえないかと方々にお願いしましたし、寝具はフェイスブックで募りました。いろいろな地域に何度も足を運び準備したことが、予想を遥かに超えた来場者数につながり、次回の開催に向けて希望が生まれました。

岩淵鳥居講

FGAK富士の山現代アートを語らう会小休本陣常盤邸

3.2016年開催に向けて

地域に根づき、続いていくビエンナーレに

 2016年の第2回「富士の山ビエンナーレ」は、総合ディレクターを小澤慶介さんにバトンタッチし、今、開催を目前に控えて着々と準備を整えているところです。今年は更に壮大で、たとえば空間とその背景との関係性に着目した作品を創る作家清水玲さんは、伝統神事である岩淵鳥居講を行うために2015年から来静し、浅間大社のご神木を伐って制作活動をされています。岩淵鳥居講は、12年に一度の申年に鳥居を富士山頂まで奉納するという旧岩淵村(現・富士市岩淵)で江戸初期から何百年も続く神事です。「富士の山ビエンナーレ」の開催期間だけでなく、このように作家が事前に長らく滞在して地域住民と交流を図り、古来の信仰とアートの融合が行われています。
 また今回は地域ごとに地域市民と子どもたちに向けたアート講座を開き、地元でキュレーターを育てる第一歩になればとも思っています。
 展覧会は複数の行政区にまたがり、実行委員も会社経営者から建築家、漁業関係者など、職種もばらばら。市民の熱意で始まったこの「富士の山ビエンナーレ」を地域に根づかせていきたいと思っています。


富士の山ビエンナーレ 事務局

富士市岩渕41 株式会社ヤツクラ内 0545-81-0063


するがのくにの芸術祭 富士の山ビエンナーレ 実行委員会

- 略 歴 -

2013年10月富士の山ビエンナーレ準備委員会 設立
2013年12月富士の山ビエンナーレ実行委員会 設立
2014年1月〜第2回実行委員会 開催(以下隔週月曜開催)
2014年4月〜地域ごとの地域プロジェクト会議 開催
2014年11月1日〜フジノヤマカフェ(富士川地区)期間限定オープン
2014年11月7日するがのくにの芸術祭 富士の山ビエンナーレ開幕
2014年11月8日由比港漁火マルシェ 開催
2014年11月30日するがのくにの芸術祭 富士の山ビエンナーレ閉幕
2015年第1回開催後の資料整理
2016年1月〜第2回に向けて実行委員会が始動


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