» ARTORO(あーとろ)|ふじのくに ささえるチカラ

ARTORO(あーとろ)

登呂遺跡が実験ラボに。
土の専門家が目指したART+TORO


あーとろ

ARTORO


美術家・ARTORO主宰 本原令子(もとはら・れいこ)


取材日:2016年03月14日

私たちの未来と弥生時代を繋ぐ実験

  ARTOROとは、2013年より国指定特別史跡登呂遺跡を舞台に開催された、登呂会議主催の「先人の生活の知恵と工夫を体験し、“わたしたちの今と未来”を考える」活動。2013~2015年は、春から秋にかけて連続講座で、登呂遺跡の田んぼの土で土器を作り、同じ田んぼで稲を育て、秋に収穫して食することを行った。
 活動を始めたきっかけを「登呂遺跡をいろいろな専門家が集う実験ラボにしたいと思いました」と振り返るARTORO主宰の美術家、本原令子さん。
  本原さんは陶芸家として、土にずっと向き合ってきた。陶芸は人類が初めて化学変化を利用したできごと。土は焼くことで、違う物質となる。2008年頃から、そのこと自体にも疑問を持ち始めたという。
 「1000度以上で焼いた粘土は焼成後、地球に還れない 。果たして、それを創り出すのはいいことなのか」。ARTOROの活動は、東日本大震災を経た日本で、何が本当に必要なのか、歴史への大きな質問状でもあった。
「なんで今、私たちはこんな生活をしているんだろうなあ!」。2014年の受講者が書き記した疑問はARTOROの姿勢そのものだ。私たちの現代の生活は、“先人がこちらの方がよいだろう”と選んできた結果。今、弥生の人の話を聞くすべはないが、同じ生活者として身体で実践、体験してみると見えてくるものがある。
  講座を開始した2013年から、土のこと・器を作ること・田植えから収穫・米を食べることを1年全6回または7回完結の講座で行ってきたが、一度として同じ講義はない。「毎年、新たな疑問が生まれ、その謎解きに 向かうから です」。 考古学という専門分野に、ARTOROは土の専門家、米の専門家、さらに生活者の視点と、さまざまな角度から実験してみて、今の暮らしとのつながりを皆で学ぶ。
  1年目はトラクターで耕された田んぼに、2年目は自分たちの手で農具を使って耕し、苗を植えた。3年目には種籾を直接土に播いた。3年目にして、田んぼからの副産物、藁・籾殻・泥で土器も野焼きできるようになった。弥生時代の生活を想像し、より近い方法に寄せていくと、 疑問は次々と生まれる。推理・実験・検証の後に次の『?』がやってくる。毎年、進化するスリリングな体験が先人と未来をつないでいる。

水田は時に争いの種になる種から育てな苗を持ち寄る砂から粘土を、粘土から器をつくる土器を野で焼く(野焼き)


以下、インタビュー

視点ひとつでお米の見方が変わる米は種。自分で育ててはじめて実感する自分の器が、野で焼けた喜びを感じる土器を使った調理風景

1.台付甕(だいつきかめ)の復元から

弥生時代の生活を”つながり”としてとらえる

 弥生時代後期といわれる登呂遺跡の代表的な出土品に、台付甕があります。ARTOROの実動はこの台付甕の復元から始まりました。
 2012年、「土さえあれば生きていける」と実験を開始。登呂遺跡の田んぼの土から私が土器を作り、実験のスタンスに共鳴した仲間たちと、台付甕で米を煮炊きしてみました。蓋もなく、直火で煮炊きするのに、米には煤が入らない。上のふちが煤を阻むのです。この形状は理にかなっていることが、実際に台付甕を作り、実験してみて腑に落ち、理解できました。
 土器作り、田植え体験、土器炊飯など全1回で完結する講座は数ありますが、ARTOROはそういうものではありません。土や稲作のことを学び、種播きから収穫までを自分たちの手で行い、土から作る・食べる・生きるという営みを連なりとして捉えることができないか、という試みです。それぞれ別に学んでもプロセスが見えにくく、講師から参加者へ単なる知識の受け渡しの場にしたくない、と思ったからです。ARTOROの信条は、「頭で分かるのと、身体でわかるのは、ちがう。やってみないと、解らない」ということです。やってみると次の『?』が生まれます。

2.ARTOROの現在

「?」と実行、そして「合点」の繰り返し

 実験の年を経て、2013年に講座がスタートしました。毎年、種籾から苗を育てるものの、1年目の田植えは機械で整備された田に、翌2014年は自分たちの手で田んぼを作りました。さらに2015年は、雑草だらけの未整備な土地を耕して田んぼにしました。この時、前年の受講生(OB)が作った田んぼと、2015年新人参加者の田んぼとの間で、水をめぐるちょっとした混乱が起こったのです。水上の新人田んぼより、下手のOB田んぼの方が土地が低く深水になってしまい、新人田んぼに合わせて水を引くと、OBの苗が溺れてしまう。自分の苗と田んぼを守るために話し合おうとする人、思わず怒る人、あせる人、いろいろな対応に「社会のはじまりを見た!」と思いました。
 実験段階だった2012年、出土品の土器の底に葉脈の跡があるのを見て「葉を敷き、ろくろ代わりにして土器を作ったのではないか」と推理し、実際に作ってみると、するとほぼ同じ跡ができたのです。陶芸家だからこその気づきや、できることがあるのだろうと思います。今、ARTOROでは小さな疑問でも実験や検証を行い、仲間と結果を分かち合っています。
 「Look,Think,Create」とは、以前行っていた子ども向けのワークショップでよく口にしていた言葉。ARTOROも同じです。よく見て、推理して、創る。同じことをしても、ひとりひとり問題定義『?』がちがう。導く『!』も全員ちがっていい。そこが一番おもしろく、みんなで取り組む醍醐味です。

わらじ作り

わらじ作り竹を編むことよりも、材を作ることから道具は使ってはじめて実感できるARTOROで出会うさまざまな道具たち

3.ARTOROの未来

2016年は再び、実験・検証の年に

 2013年~2015年までは受講者を募ってARTOROの活動を行ってきました。頭で考えるより、とにかく作ってみる。実践してみる。そして実感してみる。受講者の中には「(ARTOROを機に)人生が変わっちゃった」という人もいました。私自身、複数の人とチームになって何かを行うことは 今までほとんどなかったので、皆で結果を分かち合い、それに喜びを感じる自分にも驚きましたし、非常に新鮮でした。ARTOROの活動は、みんなで作る、たのしさ。「おいしい! 」は今も昔も、人類共通だと実感します。
 そして2016年は、再び実験の年になりそうです。今までの講座形式のARTOROではなく、更に活動は広がります。1年をとおした暮らしはどんなだったんだろう?冬や雨の日、道具を作っていたのではないか。いろいろな疑問から、いわゆる染織の専門家ではなく、暮らしの道具として普通に縄をなっていたおじいちゃん(85歳)を先生に、道具を作ってみることも始めました。題して「自給自足は道具から」。つくづく、道具は人の手の延長だと思います。つまり、人間の手って本当にすごいなあと。
 私はそういった体験の場を作ること、手の技をこの身体と映像に残し、 シェアすることをARTOROで行いたいと思っています。大げさかもしれないけれど、人間の可能性に、生きる力がちょっぴり湧くんです。必要としている誰かに届くよう、活動したいと思っています。


国指定特別史跡 登呂遺跡

〒422-8033 静岡県静岡市5丁目 登呂会議:https://www.facebook.com/torokaigi


ARTORO(あーとろ)

- 略 歴 -

2010登呂会議発足
2012「ARTORO」実験・準備スタート
2013「ARTORO」講座 第1回目 開催
2014「ARTORO」講座 第2回目 開催
2015「ARTORO」講座 第3回目 開催
2016「ARTORO」「自給自足は道具から」 新たな展開・実験へ


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