» 井手 暢子(いで・のぶこ)|ふじのくに ささえるチカラ

井手 暢子(いで・のぶこ)

輸出茶文化を象徴する「蘭字」に光をあて
茶文化の背景や茶産地の誇りを蘇えらせる


いで・のぶこ

井手 暢子


蘭字研究家
ビジュアルデザイナー



デザイナーとして興味を持った蘭字、小さなラベルに隠された国際関係や茶の文化史

 蘭字というのは中国から伝わった業界用語で、輸出茶に貼られたラベルを総称して言う。仏教壁画を研究していた井手暢子さんが、長年の準備を経てまさに西チベットに行こうとした時天安門事件が起こり、入国が叶わなくなった。失意の中、ふと寄った地元の図書館菊川文庫ギャラリーで、井手さんがこれまでに知る日本デザイン史の常識を揺るがすような蘭字の展示とめぐり会った。
 井手さんの関心は蘭字に向かった。静岡市の茶業会議所を訪ね蘭字の来歴を聞き、横浜市の開港資料館に足を運んで800枚もの蘭字が保管されているのを知った。蘭字の小さな枠の中には、日本茶がどこの国に輸出され、どの港に運ばれていたかなどの情報が記されている。美術的にも浮世絵師の存在や、絵に描かれた風俗、英文字の書体で時代や文化的背景を知ることができた。蘭字の謎解きはビジュアルデザイナーの眼があってこそ解明できることが多く、蘭字の研究は茶産地における茶の輸出文化史を探る作業になった。井手さんにとって幸運だったのは、蘭字製作の現場を知る年輩の方々の話を聞いてから、研究に取り掛かれたということだ。
 井手さんの研究は美しいカラー絵が入った単行本で発表され、埋もれていた蘭字に光を当てた。茶業界や印刷業界の人々は、蘭字の価値を再認識することとなった。蘭字には茶産地の自負があり、デザイン性の高い蘭字はパッケージに魅力的な付加価値をつける。井手さんは現代に蘇える新蘭字がお茶独自のラベルとして活用されていけばいいと考えている。蘭字に興味を持ってくれた人々に向け、2012年5月に浜松市の平野美術館で単行本の発表以降に集めたコレクター所蔵の蘭字を展示発表する準備を進めている。

以下、インタビュー

1. デザイン史を塗り変える事実

明治初期、静岡で茶業に関わった元幕臣と
蘭字の中の近代グラフィックデザイン

 菊川文庫で蘭字を見たとき、これはデザイン史が修正されるんじゃないかと感じたのですが、謎解きをしていくと、実際に近代デザイン史を10年繰り上げるような事実が出てきました。蘭字の枠の中にある英文字が記す都市や港の名、社名などを調べると、扱われていた年代や背景、デザインされた年代などが裏付けられます。中国のものはもっと小さくて地味です。日本においてデザイン的に完成度が高くなったのは、江戸時代からの浮世絵の木版画刷りシステムが整っていたからです。現在のデザインや、印刷事業所のシステムの原型が既にできていたのです。
 蘭字の背景を研究することは、お茶やお茶貿易の歴史を調べることにつながりました。明治初期の静岡には気概や教養ある幕府の元官僚が大勢いて、お茶の生産やその後の輸出茶業を築いたのではないでしょうか。私が研究を進める中で多くの人の協力を得られたのは、そういう方たちの茶業に対する思いが集まったのではないかと思います。

2. 明治時代の静岡茶の輸出が契機

後の地場産業につながった蘭字や茶箱の制作
蘭字を知る人が居なくなる寸前に出会えた幸運

 明治33年に清水港が開港しましたが、大生産地に近いということで、輸出茶に関連したいろいろな業種や外国商館、仲買人や、印刷所、茶箱製造業などが明治末までに移転してきたのです。静岡県には山林も、木を輸送できる大きな川もあり、県内で茶箱や蘭字を制作するための材料調達ができました。当時の優れた技術が静岡に移植されて、それが後の地場産業の成立につながったと私は考えています。
 聞き取り調査では、輸出茶時代を知っている茶商で『貿易茶物語』という本を書いた94歳(当時)の大石鵜一郎氏、静岡市茶町でかつて蘭字を作っていたお店でその記憶があるという女性、お父さんが蘭字屋さんで制作工程などを知っていた版画家の方などにお会いできました。皆さんお年寄りで、研究がもっと後だったら貴重な情報が埋もれてしまったと思います。お話を聞いて、私が蘭字の制作工程や絵の具、のりなどについて推測したことが、ほぼ間違いなかったことも確認できました。

3. 蘭字を知ってもらうための活動

茶業界や印刷業界の蘭字を見直す動き
新蘭字を提案し、新しい情報も公表していく

 蘭字について本や学術論文を書き、講演や雑誌への寄稿をして、世に知ってもらう活動をしてきました。死語になりかけていた蘭字が少し息を吹き返し、茶業界や印刷業界の人も蘭字を生かす試みをしています。私は、マイブレンドしたお茶を小分けにして名刺や挨拶替わりに使える、新蘭字のお茶パッケージを提案しています。
 蘭字の本の反響で、内容を補足するお話があったり、調べてほしいという依頼がきたり、新しい発見もありました。大阪や四日市などから今まで見なかったものが出てきたので、それを浜松の平野美術館でお見せします。
 ここ菊川市は茶産地で、かつて静岡茶の輸出拠点でした。輸出茶の作業場だったという倉庫が残っており、これを保存しようという運動もあります。そのお茶の産地に住み、現場で多忙に働いているデザイナーではなく大学勤務主体だから研究ができ、輸出茶に詳しい人脈が次々できた。そういう巡り合せで私は蘭字に関われたと思っています。

静岡県菊川市 TEL 0537-35-1071


井手 暢子(いで・のぶこ)

- 活動歴 -

1989菊川文庫で日本茶業中央会所蔵の蘭字に出会う
静岡市の茶業会議所で関連資料を閲覧
横浜市の開港資料館に未発表、未公開の蘭字が800枚以上あるのを知る
1990開港資料館の蘭字を全部借用し、菊川文庫で展示
前回展フィクサーの中島町会議員と調査研究を開始
1993高知市、神戸市、四日市市、菊川市の公的機関所蔵
「蘭字-日本近代グラフィックデザインの始まり」(井出暢子著、電通刊)を発行
常葉学園短大美術デザイン科教授(-2003)
2003常葉学園大学造形学部教授(−2007)
2010アジア民族造形学会で基調講演:「輸出茶票蘭字 日本近代デザインの中の位置づけ」(会場:お茶の郷博物館)
2011『しずおか町並みゼミin菊川2011.2月』で蘭字の展示と講演会 など


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